あっついね。
で
最近、アラーキーの本をよく読む。
今読んでるのは「天才と死」って本で
最初にビートたけしとの対談がのってるんだけど
よかった。
なにもかも言葉全部がリアルで
そのままって感じで
まー話せば長くなるから気になるなら
読んでください。
写真って撮ってる人多分みんな哲学があると思うねん。
それはそんでいいし
間違いも何もない。
ただ、
説得力はないとあかん
じゃ説得力てなんやねん
ってなったら
それは
その人自身なのか
そうでないのか
それだけなんやろうな。
でもこれって
写真だけのはなしでもないし
もっと人の奥の深い話でもあって
単純な話なんやなきっと。
2015年7月14日火曜日
2015年6月30日火曜日
画素数
本日、待ちに待ったcanon 5Dsが手元に届いた。
先日発売した噂の5000万画素の高画素モデル。
僕は建築写真や、商品撮影、美容モデル撮影などを撮るので
そこでこの機種を使っていこうと考えている。
仕事で言えば画素数って僕的には凄く重要で
大きく引き延ばさないから必要がないと言う人が
たまにいるのですが
それは全く違うんですよ。
詳細に写るということは実は
小さくプリントしてもその差は多少なりともやっぱり出てくる。
単純に点の数が多いっというのは
それだけ画の情報が多いってことで
なによりも細かく写るので、画の締まりが全く違うんですよね。
実際に撮影してみたんですが
背面液晶で確認してもその違いにびっくりした。
ここまで写ると本当にまったくのごまかしがきかないので
5Dsで撮影するときは細かな神経を使い、更なる配慮が必要になる。
自分の腕をあげる、試すためにも
こういうストイックなマシーンは本当にありがたい。
どう使いこなすかは写真家の腕であり
何を写したいかで
道具のチョイスもまた凄く大切になってくる。
canonはこれで 1DX / 5Ds / 5Dmk3のそれぞれの三台が
手元にあることになるが
それぞれに個性があり、今後いろんな場面で期待に答えてくれるだろう。
プロならばいろんな場面に対して、
要望に答えていかなければならない。
そのためクオリティーの高さとメンテナンスの優れた機材を持っておく必要がある
と僕は考える。
5Dsも僕の理想に答えてくれる素晴らしい相棒になってくれるに違いない。
今後はまたひと味ちがった写真を提供できると思います。
撮影が楽しみです。
2015年6月28日日曜日
戦
言葉は難しい
伝えるってほんま難しい
時に画面に感情をぶつけるも
アウトプットは安く
脳みその垂れ流しのような
そんなんがそこらじゅう満盈してる
生きるってなんや
今、丁度テレビで清志郎の
映像やってて見ながら思う
ほんまこの世界
大丈夫か
よー思う
最近特に思う
そんな中
ようやく俺も目が覚めた気がする
やるべきことがはっきりとしてきた
追求
追求
追求
死ぬまで追求するで
2015年5月12日火曜日
ブルース
もう
全然まとまってなくていいし
歪な感じがいいし
ちょっと不細工な方がいいし
完璧なんていらんし
半音チョーキングのような
マイナーなズレが
いまは心地がええねん
ちょっと臭いぐらいが
えーと思う
そのほうがものすごく
人間臭いし
奇麗なものほど汚いもんやしな
2015年4月29日水曜日
時の流れと共に
今日からゴールデンらしいっすね
相変わらず休みはない感じですが
そうそう
この前撮影中に「最近忙しそうだね」っていわれて
「仕事は楽しいですけどね」って答えたら
「仕事はってなんだよ、若いのに仕事が楽しいなんて寂しいこというなよ」
って言われてちょっと目が覚めた
今、自分自身もの凄く人生の分岐点に立たされていて
そして同じ状況にいて
考えている人と出会う機会が増えてきた
今まで良しとしてきて突き進んできたことが
ちょっとひっくり返り始めているというか
逆の視点でモノを見るようになってきたというか
でも今の時代
個人レベルも企業レベルも考えないといけないことは同じで
大小関係なく、同じことでみんな悩んでる
深く自分の奥底へ身をおくにつれて
現状が鮮明にみえはじめていて
今やらなければならないことが
はっきりと見えはじめているように思う
そして
ずっと考えてきた
自分の思想や表現したいカタチ
それをしっかりと見せないといけないときがきたんだと
最近は感じる
頭の中を
より具体化すること
自分の世界観ってのが
この広い世界で
どこまで通用するのか
試したくなってきた
2015年4月5日日曜日
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