2014年9月25日木曜日

俺は思う



















近頃いろんなモノを撮りたくなってきた

貪欲が自分の感性を育てていく実感を得ている


美しくそして黒く

爆発的に

情熱的に



自分はまだまだだと感じるが

それと同じくらいまだまだ行けると感じる


それに伴い


強烈な明暗を浴びせられることになるのだが


そんなものは関係ない





やれるまで走れば良い

ぶつかりゃそこで考えれば良い



人生にはいつか終わりがくる


言い訳をしているといつの間にか

歳を食う


あー俺の人生はなんだったのか


なんて死に際に思うほどクソなものはない


良い人間を装い

世の中うまくすり抜けていくぐらいなら

本気ですべてをさらけ出し

荒波にもまれ、その波を操るかのように自由に乗れるような

パンチの効いた

人生のほうが楽しいだろう



そういう過程を経ていくと

己が形成され

信念、思想という我がつくられていく




信念、思想とは

完全なるオリジナルでなければならない

だれから聞いてきた

コピーペーストな思想ではダメだ



己の奥底から生み出し

奥底から吐き出す





それが本来の
生きるであり
やりがいであり
仕事であり
アートであり
芸術である



と俺は思う






あー
朝からコーヒーがうまい。


















2014年9月8日月曜日

9.7



























昨日自分をとりまくものが大きく何かが変わった

何かはわからないけど

そんな感じがした





世の中には説明できないことがある

そんな難しいことじゃないんだけど

到底、説明できないことがね












2014年9月3日水曜日

暮らす




















最近またレンズを買いました。

どうしても使ってみあたいものがあって
買ったんだけどこれがすごくよくて。


やっぱりレンズ大事やな、と思いました。



自分のイメージが頭にあって

それを写してくれるレンズはめちゃくちゃ大事。

レンズもいろいろモノによって味がちがう。

色も、描写も、ボケも全部質が違う。


これを知っとかないと、イメージする写真は撮れない

と、僕は思っています。


そして気になるなら、まずは使ってみること
やってみること。

それしか学ぶ方法がないというか


経験しかないのよね。


躊躇えば、

それまで


やるか、やらぬか


結局この選択を常に迫られる。


生きるか、死ぬか。


極論的な


でも、生きるなんて極論の連鎖。




ま、でもやるっきゃなよ。



最近はね、米が炊きたいです。

釜と火でしっかりとね。
そんな生活を今はしたいんです。

あと野菜も作りたい。



基本的なご飯

しっかりとした調理をして

なんかちゃんと

生活したいよね。



ライフスタイルってやつを

そんなオシャレとかじゃなく

日常にしたい。






また話が、うろうろしてる(笑)




2014年8月26日火曜日

行い



























久しぶりのブログ。

最近は水害がひどいですね。

毎日のように雷と豪雨。

滋賀県は災害が少なく本当に幸せな土地だと思う。

ただ、その分危機感がないというのも
問題としてあるのかもしれない。



連日、テレビやネットで被害に遭われている方々の
報道をみていると

それは、非現実かのような感覚にもなる。

自分たちにはどこかまだ
関係のないような意識。




すべてはつながっていて

プラスとマイナスが常に起こりうる。

バランスを保とうとする
因果関係は
この世のルール、絶対であり

それに逆らうことはできない。


自分たちの行いは、今もどこかに影響を及ぼす。

根源にある意識は世界規模で繋がっていることになる。



生きるという責任、

生まれてきた責任、それは

自分を正しさへと導くことにある。


正しさとは

様々な誘惑や欲望、思考や行動の中に

信念を問い、己を監視する。

そこで究極のバランス感覚を養うことにある。



行いとは

前進することであり

正しい方向へ

進むことにある。



自分が関わることすべてに

それができているのか、責任を負えるか

やはり、常に考える必要性があるんだろう。




すべては繋がっている。


そう考えると

何故、様々な問題がおきるのかは

いたってシンプルなものである。




責任という漢字って

気持ちの重たいようなモノに感じているけど

そういう意味ではないような気もする。


責は、当然果たすべきつとめ
任は、任せられた役目


それが責任。


「果たすべきまかされた役割」的な意味なのか、

それは一人一人が生まれてきた使命ということになるのかもしれない。


己の使命を

生まれてきた価値をみつけよと

問われているのかもしれない



んー長くなった

文章がまとまっていませんが

このへんで











2014年8月10日日曜日

そろそろ




















今日は台風で
外は大荒れ


こういう日はゆっくりと
自分と向き合う


先日撮った東京での写真
を整理


んーでもやっぱり写真は

紙に落とし込みたいよね



画面でみるのもいいけどね

やぱり印刷されたものはちがう



ちょっとね
いろいろたまってきているので
そろそろ

久しぶりに
エンジン
始動します



3年前はよくイベント企画してたよな

よーやってたな…と

今思ったら感心するけど



最近は自分の考えもまとまってきてるので


作品展
やろうかと


やりたいね

ガツンとさ











2014年7月30日水曜日

馴染む


















※写真は他サイトからお借りしました。






カメラを構えたとき、その手に馴染んだ自然な姿

いいよね


包み込まれるようなフォルム

優しくそして、攻撃的でもある



構えかた見たら、その姿で
良い写真を撮っている人かが
わかる気もする






先日、美容の作品撮りを
いつものメンバーで撮影をした

常に新しいことへチャレンジする

すごく良いチームです



作品を作るって本来こうあるべき何じゃないか

お互いが対等であり

話せばアイデアは無限のように広がる

クオリティーは後で必ずついてくる、だから

ただただ、その瞬間を楽しみ

ひたすら、目の前のことへ打ち込む


自分の奥深いところから

それらを共有できる人と

モノを作ることが

やっぱり素敵やなと


いつも教えてもらっている気がする





作品づくりだけでなく

仕事も

そこは同じかもね







今日は写真集を3冊買った

届くのが楽しみ



2014年7月29日火曜日

75mm


















Leica MM / APO-SUMMICRON-M f2.0/75mm 





75mmという画角になじめず


とにかくどこ行くにも持ち歩き
写真をとりまくっていたんですが


最近、距離感が少しだけわかってきたかな
なんておもいながら
僕の中で徐々に
50mmより使いやすいかもしれないと感じるようになってきた


ただこのレンズ、ピントがものすごくシビアで
開放で撮ろうものなら、ものすごく神経を使わなければならない


撮る前からある程度距離をよんで
手の感覚でピントを大体合わせてから
すぐ構え、シャッターを押す

とりあえず
持つ、握る、撮る
を繰り返し
そうやって
カメラも手に馴染むようになってくると

いいよね


だから
がむしゃらに撮るしかないんですよ



あーなんかよく、

「写真が上手になりたいんです、どうすればいいですか?

って聞かれるときがある

考えてんと とりあえず

好きになって 撮ればいいねん

って思うけどな


俺はね



そうすれば

自分になにが必要か見えてくる

なにが撮りたいかもみえてくる



自分ってやつがわかってくる

そうすると

俺はこういうのすきなんです

ってなって

うまくなりたいなんて

忘れてるさ



でも仕事は

また

別ですよね